中学校の運動会(体育祭)を親が見に行くことについて

中学校の運動会で大規模な組み体操や騎馬戦を実施し、けが人が出ていることがよくニュースになっていますよね。

学校はなぜそんな危険な競技を実施するのかという議論の中で、「保護者が期待しているから」というのを目にします。

これ、わたしすごく違和感を感じるんです。

そもそも中学生の子供の運動会って、ふつう見に行くものですか?
見に行ったら子供が嫌がりませんか?

息子に運動会を見に来てほしいか聞いてみた

中学生くらいの子って、親に運動会を見てもらいたいって思ってるのかな?
自分が中学生だったころは、親に見に来てほしいなんて一度も思わなかったし、むしろ「見に来ないで!」と思っていました。

息子はどう思ってるんだろう?

見てほしいと思ってるなら見に行くけど、見てほしくないならわざわざ行く必要もないなと思ったので、ストレートに本人に聞いてみました。

「運動会、見に行った方がいい?」と。

すると、くい気味に「いや、来なくていい」と言われました。

まあ、そうですよね。。。

中学生の子供に「運動会に来てほしくない」と言われたらどうするか

中学生にもなると親と距離を置きたがるものですよね。

  • 友達と一緒にワイワイやってるところを親に見られるのが恥ずかしい。
  • 親としゃべってるところを友達に見られるのも恥ずかしい。

そういうものだろうと思います。

そういうお年頃なのに、保護者に見せる前提で、保護者の期待に応えるために大規模な組み体操や騎馬戦を実施しているのだという意見を目にして「え、そうなの?」と違和感を感じたんです。

実際、中学生のお子さんに「運動会に来てほしくない」「来るな」と言われる保護者も多いことでしょう。

そんな時、どうしますか?
本当に行きませんか?
それとも、来るなと言われても行きますか?

どちらが正しいという問題ではないと思いますが、わたしは行かない派です。

息子の中学校の運動会は平日だからというのもありますが、土日だったとしても本人が来てほしくないというなら行きません。

もちろん、「見に来てほしい」と言われたら、なるべく都合をつけて見に行ってあげたいとは思います。

「見に来ないで」と言うのも勇気がいるはず

子供にとって、親に「運動会を見に来ないで」と伝えるのは、まあまあしんどいことだと思うんですよね。

親の方から「行った方がいい?」とたずねたら「来ないで」と答えやすいかもしれません。

でも親から何もたずねることなく、見に行くのが当然だと思っている場合、「来てほしくない」と親に伝えるのは、子供にとって結構勇気がいるし、子供なりにあれこれ気を遣うのではないかなと。
見たいと思っている親に、「見に来るな」って言うんですよ。

優しい子だったら、こんなこと言ったらお母さん傷つくかな?と考えちゃうかもしれませんよね。

それでもがんばって「見に来ないで」と言ったのだとしたら、それは尊重してあげたいです。
それくらい、どうしても見に来てほしくないということなんですから。

子供の意思を尊重したい

わたしたち親は、子供が兄弟やお友達にいじわるをしてトラブルになったとき「相手が嫌がっていることをしてはいけない」と注意しますよね。

その理屈で言うと、子供が運動会を見に来られることを嫌がっているなら、しかもはっきり「来ないで」と言ってるなら、見に行ってはいけないような気がするんです。

  • 親は学費を払ってるのだから当然見に行く権利がある
  • 親が子供の成長を見に行って何が悪い

など、いろいろ意見があるのも承知しています。

親からすればそうですよね。

でも、子供の意思を尊重してやることも大切なのではないかと思います。

それでもどうしても見に行きたいなら、「この競技だけどうしても見たいんだけど、ちょっとだけ見に行ってもいい?」と子供に聞いてみるとか。
そしてやたら子供に話しかけたり大声で応援したりせず、こっそり見るくらいにしておくのが良いような気がします。

後で学校から写真の販売をしてくれる場合は、写真で子供たちのがんばっている様子や楽しそうな姿を見れますし。

善意を断るしんどさ

これと同じ種類の話になるかどうかわかりませんが、人からの善意を断るのって結構しんどいものがありますよね。

遠慮ではなく、本当に嫌だから断るわけですが、相手が善意でやってくれてる(やろうとしている)場合、「それはありがたくないからやめてほしい」と伝えるのは本当にしんどいです。

  • 相手が傷つくのではないか
  • どういう言い方をすれば傷つけないだろうか
  • 善意でやってもらったことが迷惑だなんてひどいヤツだと思われるかも
  • 遠慮してるだけだと思われてやめてくれなかったらどうしよう

こんなことを考えながら、どう断ったらいいだろうかとあれこれ悩んでしまいます。

悩んだ結果、「やっぱり断れない」となることもあります。

でも本当に我慢できないくらい嫌なときや、今後も何度も繰り返しそうなときは、相手を傷つけないように、なおかつ遠慮ではなく嫌なのだとわかってもらえるように言葉を選びに選んでがんばって断ります。

これってかなりエネルギーを消耗するんですよね。

たとえば入院中のお見舞いを遠慮したいとき。
善意で来てくれるのは重々承知してるけど、こちらとしては体調ボロボロなので家族以外の人にひどい姿を見られたくない、誰かが来ると思うとゆっくり休めない・・・といった理由でどうしても断りたいときがありますよね。

こんなとき、言葉を選びに選んでがんばって断ったのに、スルーしてお見舞いに来られるとものすごくガックリ来るし、「いったいどう言えばやめてもらえるのだろう」とつらい気持ちになります。

善意でしてくれてることだから相手を責めることもできないだけに、自分の中でつらい気持ちがたまっていくんです。

特にわたしは、自分の母親が善意の押し付けが激しい人だったので、「やめてほしいと言ってるのにやめてもらえないしんどさ」を子供のころからたくさん経験してきました。

だからなおさら、「たとえこちらが善意であっても相手が迷惑そうであればやめるべき」という考えが強いのかもしれません。

 

子供の運動会を見に行くことは「善意」とはちょっとちがって、ただ単に自分が見たいとか、見に行くのが親の務めだと思っているケースが多いのかなと思います。

それでも、子供から「運動会を見に来ないで」と言われながらそれをスルーして見に行くことは、自分がやられたら絶対に嫌だと感じることを子供にやってしまってることになる気がして罪悪感を感じます。

「見に来ないでって言われたら行かないの?そんな言葉通りに受け取らなくても・・・」
「来るなって言われるけどそんなの関係ない。親が見に行くのは当然のこと」

という人もいますが、やっぱりわたしは子供が「来ないで」と言っている以上は、行かない方が良いと思うのです。

2 COMMENTS

メグ

こんにちは。
人気ブログランキングより訪問しました。
中学生くらいになると難しいですね。
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hanako

コメントありがとうございます!
そろそろ子離れが必要だなと感じますね。

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